絵画のはなし(日本画篇)

今回もまた、大きな括(くく)りであるが、絵画の、特に日本画の話である。

一口に日本画と云っても様々である。
明治以降の「西洋画」に対する「日本画」ならそう広義ではないかも知れないが、
油絵具を使用した「西洋画」に対する、
それ以前の日本の画材や画法を用いた絵画を指す「日本画」の意ならば、
水墨画あり、禅画あり、大和絵や絵巻物、屏風絵や襖絵、
または、本来、絵画ではない浮世絵に至っても(浮世絵は版画です)、
大きな意味での「日本画」と呼んでも強(あなが)ち間違いではなかろう。

特徴と云えば、先ずは絵具であろうか。
西洋画は、主に油絵具を用いるが、日本画は岩絵具を用いる。
油絵具はテレピン油等で溶いて使用するのに対し、
岩絵具は膠(にかわ)を水で溶いたものを使用する。
岩絵具を乳鉢で磨り潰したり、皿に取って指で潰したものに、膠水を加えるのだ。
岩絵具は粒子の粗さを都度調整出来るのが、油絵具との大きな違いであろう。

岩絵具の材料は、工業系でも馴染み深い鉱石等から産出される。
天然のものは非常に高価である。特に青色は高価で、
エジプトで有名なラピスラズリと云う宝石を砕いて用いる場合もある。
赤色は水銀から産出すると朱、鉛から産出すると丹と、
微妙な色合いの違いにそれぞれ名前を与えているのは、
いかにも日本人の美意識を感じる事が出来て面白い。
ちなみに植物由来の紅花から産出するのが紅である。

絵具以外にも「西洋画」との違いはある。
「日本画」は輪郭を墨で黒く縁取り、陰影を付けないのが伝統である。
それだけを取り上げると、西洋絵画の技法を学んだものからすれば、
恐らく禁じ手ばかりであろう。少なくとも写実でないのは明らかだ。
ただのっぺりと輪郭線内をベタ塗りされた下手な塗り絵の如くである。
しかし、それが不思議な事に、名人達の作品では、
描かれた全ての対象物が生きているのである。
想像上の龍や麒麟ですら、まざまざと眼前に浮かび上がらせてくれるのは、
驚愕に値するであろう。

そんな名人達を、私の愛して止まない日本画家をここで一気に紹介させて頂こう。

曾我蕭白(そが しょうはく)
京都出身。
誰に師事したか等、謎の多い人物であるが、奇想の画家と云われ、
詳細な描画や技法からすれば、余りある画力は十分に理解出来るが、
構図やわざととしか思えない醜悪さの表現に於いて、
追随を許さない孤高の画家である。

伊藤若冲(いとう じゃくちゅう)
京都出身。
曾我蕭白と並び称される奇想の画家である。
花鳥画を得意とし、「動植綵絵(さいえ)」が有名で、まさに若冲の真骨頂であろう。

俵屋宗達(たわらや そうたつ)
京都出身。
「風神雷神図屏風」は余りにも有名で、恐らく知らぬ人はいないであろう。
その作品の知名度に比べて、人物は謎に包まれている。
今後の研究に期待したい。

尾形光琳(おがた こうりん)
京都出身。
「紅白梅図屏風」や「燕子花(かきつばた)図屏風」は、
日本人なら誰しもが知っている作品であろう。
後に「琳派」と云われる後継者達を生む巨人である。

円山応挙(まるやま おうきょ)
京都出身。応挙と云えば「幽霊画」であろうか。
幽霊に足がないのは、
応挙が足元を暈(ぼ)かした幽霊の絵を描いた為と云われる程である。
「円山派」と云われる日本画の一大流派の祖である。

書き連ねてみると、京都出身の画家ばかりであるが、他意はない。
他にも禅画の白隠や水墨画の雪舟や長谷川等伯、狩野派の永徳や探幽等、
枚挙に暇はないが、今回はここまでにしよう。
また、機会があれば、写楽、北斎、広重等についても、ふれたいと思う。

えっ?
工業系の話と何の関係があるか?って、まぁそれはそれ。コラムですから……。

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