木材の話

建築に於いて、木材は取分け重要なファクターである。

奈良、斑鳩(いかるが)の法隆寺は、世界最古の木造建築であるが、
もしも使用されていた木材がヒノキでなければ、
現在にその姿をとどめていたかどうかは疑問である。

法隆寺の宝物として有名な「玉虫厨子(たまむしのずし)」もヒノキ製で、
右側面に「捨身飼虎図(しゃしんしこず)」が細工されている。
これは釈迦が前世に、
飢えた虎にその身を投げ与えたと云う話を図像化したもので、
崖の上で衣服を脱ぎ、崖下に身を投げ、虎の足元に横たわる姿が、
ひとつの空間に同時に描かれている。

我々が動きのある計画図を描く手法そのもので、
玉虫厨子を見てそんな事を考える自分が少し厭な気もするこの頃である。

ヒノキ(檜)は、日本を代表する木材であろう。
高級建築材の筆頭で、加工性の良さ、強度、狂いの少ない超優良材である。
その上、独特の香りがある。ヒノキの名の由来は、「火の木」、
火をおこす際に使用したところからだそうだ。

アスナロ(翌檜)は、ヒノキによく似ているが、少し大作りで、
ヒノキの次点の地位である。
しかし、平泉の中尊寺は翌檜を建材として使用していることでも有名である。
樹皮は火縄によく利用された。
名前の由来は、まさに「明日は檜になろう」と云う事で名付けられた。
この話、少し身につまされる思いがするのは何故だろうか……。
しかし、考えてみれば余計なお世話である。
アスナロは、何もヒノキになりたくはないのであるから。

サクラ(桜)は、説明の不要な程、我国の生活に密着した花木であろう。
春の花見は、何はともあれいいものだ。
平安時代までは、花見と云えば梅であったが、
平安時代以降、桜になり、以来、花の代名詞である。
建材としても用いられ、旧家の敷居等にサクラが使われていたりする。
ふすまの開け閉めを繰り返しても、磨り減りが少ないそうだ。
また、燻製するためのスモークチップとしても有名で、
香りが強く、癖のある素材に適している。

クリ(栗)は、木よりもむしろその実が重宝されるが、
古来より建材としも多く用いられた。
よく弥生時代の住居跡が発掘される際、
柱の跡と運が良ければ柱そのものが出土するが、あれは概ねクリの木である。
クリは水湿に強く、腐りにくいのだ。建築の土台や枕木にも使用されている。

キリ(桐)は、恐らく日本建材で最も軽い木材だろう。
桐の箪笥と云えば高級品で、おばあちゃんの嫁入り道具にあったような代物だ。
熱伝導率が非常に小さく、発火しにくいので、
大切なものを収納する役目を担ったのだろう。金庫の内箱等にも用いられる。

ウルシ(漆)は、純粋な意味での建築建材と言えないかも知れない。
構造材ではなく、装飾に用いられる。
ウルシは、木材自体を使用するのではなく、
その樹皮を傷付け、流れる樹液を採取して使用する。
ウルシの樹液(ウルシオール)を塗り重ねて作られる漆器は,
英語でJapanと云われる通り、日本の伝統工芸品の頂点であろう。
ちなみに磁器はChinaである。

樹皮を傷付け、樹液を採取して使用する木材と云えば、ゴムの木がある。
(最近は、その木材自体も建材として使用するらしいが……)
樹液(ラテックス)は、つまり天然ゴムで、工業製品にも多く用いられる材料である。

最後に、やはり竹にも触れない訳にはいかないだろう。
竹は、草なのか木なのかと云う論争もあるそうだが、
それはさておき、竹の用途は広く、縦に走る繊維が非常に強く、
弾性に富んでいる為、細く割ったものを編んで土壁の素地に使用したり、
中空な構造を生かして、配管(パイプ)として使用したりと、
あらゆる場面で姿を変えて活躍する。
エジソンが白熱電球のフィラメントとして、京都の竹を使用したのは有名であろう。

そう云えば、京都の庭園によくある「ししおどし」も竹製である。
蹲(つくばい)の風情で個性が出せ、チョロチョロと流れる水音が心地よく、
澄んだカーンと云う音が凛として、
石、水、竹の芸術的使用方法に驚嘆するばかりだ。
誰が考案したものか知らないが、天才である。

「ししおどし」を漢字で表記すると、
「鹿威し」で、字の通り、鹿を威して寄せ付けなくする、
本来は案山子(かかし)等と同じ、害獣対策品である。
「獅子威し」や「猪威し」と表記するのは、間違いである。

伊勢神宮では二十年に一度、社殿を建て替える重要な行事があるが、
二百年先のヒノキ材を確保する為に、計画的に植林しているそうだ。

檜から竹まで、日本には多様な木材があり、
それらを活用する優れた技があり、豊かな文化がある。
願わくば、損なわれる事なく、後世に伝えたいものである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


コラム

前の記事

三国志の話(蜀)
コラム

次の記事

草花の話